旧有路家住宅は、昭和44年12月18日、山形県東部 に古くから見られた茅葺き、寄棟造り、広間型民家の好 例として、重要文化財に指定された最上町有の建造物。
この住宅は、松尾芭蕉が「おくのほそ道」に記した、堺田のいわゆる"封人の家"と見なされてい
る。元禄2年(1689)5月芭蕉は2泊3日にわたって"封人の家"に逗留し、その時の印象を「蚤
虱馬の尿する枕もと」の句で表現した。 |
山刀伐峠(なたぎりとうげ)は、最上町と尾花沢市を結ぶ峠のひ とつ。標高は470メートルにすぎないが、北の最上
町側は急峻で、南の尾花沢市側は比較的なだらか な地形をなしている。この形状が昔、山仕事あるい は狩の際にかぶった「ナタギリ」という冠物の形に似
ていることから、峠名が発生したと言われている。
元禄2年 (1689 )5月17日、門弟の曾良を伴った芭蕉は、屈強の若者に案内され、この峠を越え
て尾花沢市へ向かった。芭蕉はその時の印象を「おくのほそ道」に、「高山森々として一鳥声きかず. .」というくだりの見事な文章で表現している。
昭和60〜61年度に、芭蕉が超えた峠路は、歴史の道
として保存整備されて、格好の散策路となっている。 |
富沢の富山馬頭観音は、最上33観音、31番目の札 所であるが、何よりもまず馬を守護してくれる観音様と して知られ、現在でも馬産の地として有名な南部地方
の人々の参詣が多い。 観音堂には夥しいばかりの絵 馬が掲げられているが、このほとんどが馬の成長を祈 願して奉納したものである。境内には、満州事変や太
平洋戦争の時、遠い戦地で無くなった愛馬を弔う碑も 建てられている。わが娘 と同じく心を砕いて育てた馬 が、戦いで倒れたとなれば、このようにして供養してや
るのが、せめてもの農民の慰めであった。
1. 荒れ唐獅子(あばれからじし)
2.富山観音の絵馬(とみやまかんのんのえま)
3. 繋 馬 図.(けいばず)
4. 蝦夷仙人術
(くらべ えぞせんにんじゅつくらべ) |